下顎骨骨髄炎

はじめに

近年、歯科医療の進歩と抗生剤の発達により、歯性骨髄炎は無くなったのではないかと、錯覚された時代もありました。確かに、正書・教科書に書かれているような典型的な症状を呈する急性化膿性骨髄炎に遭遇する機会はほとんどないと言っていいでしょう。しかし、最近、とくにここ10年余り、骨髄炎がひそかに増加していることは周知の事実となっております。肺結核が増加してきていることが緊急報告されマスコミでもかなり取り上げられたのも記憶に新しいところです。これは正に、肺結核然り、MRSA感染然り、そしてわれわれ歯科医師にとって骨髄炎は、病原菌と抗生剤などの化学療法剤との戦いの歴史と言えます。

骨髄炎は「炎症の癌」と私は考えておりますし、骨髄炎から癌化したという報告もあります。ここでは、下顎骨骨髄炎に対する診断を中心に、治療法や注意したい点について、「下顎骨骨髄炎」を私なりに再考してみたい。

 

1.下顎骨骨髄炎の原因
  1)歯性:歯牙を経由しての顎骨骨髄への口腔常在菌の感染。
     (1)深い齲蝕、根尖性歯周炎
     (2)歯周炎
  2)薬物性:骨壊死を伴う場合がある。
     (1)歯髄失活剤
     (2)根管洗浄液・消毒薬・治療薬
     (3)歯科用以外の薬物の誤飲
  3)二次性
     (1)外傷(手術)性:下顎骨骨折、抜歯窩治癒不全などから口腔常在菌が感染したもの。
     (2)放射線性:骨組織自体の障害、骨への血行障害、骨髄機能障害によるもの。そのため、宿主の免疫能の低下、易感染性となるため、顎骨に放射線が照射されてから1年間は抜歯は避けるのが賢明。放射線により骨髄炎が必発するというものではないが、その可能性は高くなり、さらに歯性病巣や抜歯などの外科処置により二次的に発症する場合が多い。
     (3)顎骨病変:嚢胞、腫瘍あるいはそれら類似病変が元々存在しており、その周囲が感染した場合。骨髄炎との鑑別疾患としても重要となる。

骨髄炎を発症する場合とそうでない場合があるが、宿主の免疫能が関係しているとは思うが、運が悪かったで片づける問題ではなく、安易な抗生剤の使用と症状を見落とすことだけは避けたいものである。

2.下顎骨骨髄炎の診断方法

 1)血液検査:慢性期と急性期とでは違うが、炎症の指標として一般的には白血球数、赤沈、CRPなど。また、他疾患との鑑別という意味で、RALEALPなど。


 2)細菌検査:排膿していれば簡単に施行できる検査。ただし、顎骨内の細菌検査となると骨削除が必要であり、抜歯の際や下記4)の病理組織学的検査と併せて行うことが多い。検出される菌としては、口腔常在菌が主であり、黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、嫌気性菌などが検出されるが、インフルエンザ菌、結核菌も検出されることがある。また、全く菌が検出されない場合もある。


 3)画像検査

  (1)単純X線写真:読影のポイントは、下歯槽管周囲の透過性の亢進、いわゆる虫食い状陰影の有無、でしょうか。

 パントモX線写真は骨髄炎の診断には不可欠であり、最も簡便な検査法である。他疾患との鑑別、原因の検索、病変の範囲を知ることができる。

  (2)骨シンチグラム:骨の炎症を描出。
   
 骨髄炎の診断における骨シンチグラムの有用性は周知の事実である。病変の正確な範囲の描出にはMRIに比べ劣るが、骨の病的状態や骨髄炎の有無を診断するには実に有効な検査といえる。写真では病変部が黒く集積している。

  (3)CT皮質骨における微細な変化や、腐骨など石灰化病変の描出に優れている。

  (4)MR:骨髄炎の病理的・質的診断の可能性あり。範囲を診断するには有効。            

 MRIにより骨髄の質的変化がみられ、炎症の範囲もより正確に把握できる。これにより、手術は飛躍的に確実性が増した。写真ではT1強調画像(左)とT2強調画像(右)ともに病変部は低信号域として描出されている。

  詳しくはこちらを

 4)病理組織学的検査:最終的確定診断となる。類似疾患との鑑別には必須。

以上の検査を総合的に判断し、他疾患との鑑別をし、次の治療方針を決めなければならない。

3.下顎骨骨髄炎の分類

    1)病期別分類
     
       (1)急性期
       (2)亜急性期
       (3)慢性期

    2)病態別分類

       (1)化膿性:病期別分類では急性期に相当する
            
初期;発熱・腫脹・疼痛。
            進行期;上記症状の増悪。
            弓倉症状、Vincent症候、菌血症・敗血症。
       (2)腐骨形成性:病期別分類では亜急性期に相当する。
       (3)腐骨分離性:病期別分類では亜急性期?慢性期に相当する。
       (4)硬化性:化膿もせず、急性化もせずに無症候のまま経過したもの。

    3)病理組織学的分類:われわれの研究によればMRIでも骨髄炎の病理組織学的診断の予測ができる可能性がでてきた。

 

T1WI

T2WI

Gd効果

膿瘍

低信号

高信号

?

肉芽組織

低信号

高信号

線維化

低信号

低信号

?

骨新生

低信号

混合

±

(1)膿瘍形成型
(2)肉芽組織型
(3)線維化・骨新生型

    4)進行度別分類:下歯槽管を基準とし炎症がどこまで波及しているかで分類。下歯槽管まで波及しているタイプではオトガイ神経麻痺が出現する場合もある。骨周囲の軟組織まで炎症が波及してしまったもので、初発であればいいが、炎症(腫脹など)の消退を何度も繰り返している再発例はほとんどの治療に抵抗性を示し予後不良となる(瀰漫性軟組織合併型)。
 
         (1)下歯槽管上方型
         (2)下歯槽管型
         (3)軟組織合併型
         (4)上記各々につき、限局性あるいは瀰漫性

以上の分類は、一般的なものではなく私的分類ですので、ご注意下さい。ただし、骨髄炎に対する普遍的な治療法が決まっていない現在において、この様な分類をしながら治療方針を模索してゆくことは非常に有意義と考える。検査結果や分類からフロー・テャート式に治療方針が決まればと考えております。

 

4.下顎骨骨髄炎の治療

        1)原因療法:根管治療、歯周治療、抜歯など。

2)対症療法:第1選択としては、薬物療法であるが、全症例に有効とはならないのが現実である。1つの治療法に固執せず、薬物療法が無効な場合には、手術療法など早めに他の治療法への変更あるいは併用療法を考える。

(1)薬物療法:抗生剤の投与。症状・状態により薬剤の選択や再評価をしてゆくが、概ね3か月が目安。主に使用する薬剤としては、ペニシリン系、セフェム系、クリンダマイシン、14員環マクロライド系、ニューキノロン系。

(2)局所洗浄療法(イソジン灌流法など):手術療法の後療法として用いることが多い。整形外科では一般的な処置。

(3)手術療法:皮質骨離断術+掻爬

               下顎骨離断術
     4) 高圧酸素療法

5.下顎骨骨髄炎と鑑別を要する疾患

 1)下顎骨中心性癌、骨肉腫
   2)線維性骨異形成症
   3)顎骨腫瘍(エナメル上皮腫、顎骨中心性血管腫など)
   4)顎関節症
   5)智歯周囲炎、根尖性歯周炎、歯周炎

 

以上挙げた鑑別を要する疾患の内、上記1)の癌に関しては、どんなことがあっても見落としてはいけないものである。極論を言えば、骨髄炎で下顎骨を半分切断しても死なないが、癌は下顎骨のみならず命までも切り取ってしまうことがあるからである。
 また、上記4)、5)に関しては、症状が類似していることより注意を要する。

おわりに

80歳まで20本運動や、歯周療法・歯内療法の発達により以前には抜歯していた歯を保存的に残す方向にあります。このことは、患者のニーズにもあい誠に素晴らしいことですが、反面無理をして保存するケースもみられます。また、インプラント全盛時代と言われる今日、適応症を誤った無理な設計の末に陥没した顎提のみが残ってしまったケースも後を絶ちません。それにより、骨髄炎を発症している場合も少なからずあることは確かです。われわれ歯科医師に求められるものは、もちろん虫歯の痛みをとることの他に、顎関節症や審美歯科にみられる、あまり1本の歯だけにとらわれない、口腔・顎全体をバランスをもってトータル・オーラル・ケアしてゆく時代ではないでしょうか。80歳まで20本運動は歯科医師会が提言し、そして社会は歯科医師に何を求めているのか。

「たかが1本、されど1本、やはり1本。」虫歯1本のせいで下顎骨半分なくなってしまったら...もう一度考えてみませんか、「下顎骨骨髄炎」。

*宇都宮市歯科医師会広報誌に掲載した記事を抜粋。